21日ぶりの更新。
他の曜日にはない解放感ある金曜日の出張帰り。
パソコンはシートポケットに入れてるものの開かず、移動時間を使って更新を試みる。
引っ越しして1ヶ月が経った。
子どもたちが新しい住まいに案外すんなり溶け込み日常を回している。増えた間取り、見飽きない眺望、最近では夜になると蛙の合唱(どこから🐸?)が聴こえる自然感など、色んな良さを感じてみんな早速気に入った。
片や仕事はと言うと、G.W.前から状況が一変して猛烈に忙しい。猛烈に。今年から業務内容が変わってただでさえ慣れない中、色んなことを上手く回せてなくてもはや疲弊している。ヤバさの頂点はまだ先に控えているだろうに。
昨日20時頃帰宅すると長女に「今日早いけどどうしたの?」と聞かれる有り様だ。20時なのに。
そんな環境の中、「不安」について考えることがあった。
「不安」にも色んなモードがあると思うが、不安の正体の1つとして「行く末の全貌が見えないとき」があると思う。「解像度」と言う言葉を仕事に持ち込むのが好きではないのだが、経験不足で解像度が低く、先がボヤけ漠然と募る不安。暗闇を走る感じ。
昨年までしていた仕事に不安は少なかった。行く末を予想できるし、ヤバさへの嗅覚があるから早めに手を打てるし、上司に何を支援してらえば良いかも分かるし。
今の自分は正しく暗闇を走っている。まだヤバさへの嗅覚が弱くて処置が遅れたり、相手が大きく見えすぎて過剰に心配したり。結果的に周りに迷惑掛けたりもして申し訳なさのダブルパンチだ。
一方で不安になるのも当たり前と割り切るようにしている。
そら今までと違うことして半年で上手く回せないのは仕方ないし、お客様自体も今までとは違う状況にあるんだから尚更だ。
担当としての役割を最大限果たして、どうにもならんときはマネージャー何とかしてくれ。そう割り切ると少し楽になる、こともある。
「不安」を抱える人への向かい方も考えた。
私が抱える不安を上司に軽視されたとき、これが結構しんどい。
上司に「ひまみれさん、こんなことですごい心配しちゃってるから」と軽く笑いながら話されたときは怒りそうになった。(表情に出てただろうけど。)
そら上司は数多なる修羅場を乗り越えてきたから、今の私が抱えていることなんぞ大したことないわさ。でも、私にとっては初めて立ち向かう相手なんだよ。「何とかなるっしょ」とドンと構えられないんだよ。
そんなこと言ってると逆に私は入社して数年の若い人たちが抱える不安をちゃんと分かってますか?ちゃんと共感してますか?との疑念も湧いてきた。
今は私だけでなくみんな忙しくなっている。みんな帰るのが遅くなっている。自分のことで精一杯なのだが、「不安への寄り添い方」にブーブー言っている手前、反面教師になって後輩たちに寄り添わないといけない。
もちろん、家族に対しても同じである。
仕事が忙しくなった分、自ずと家の仕事における妻の負荷率が上がってしまっている。大変さや不安を抱え込ませないよう気を付けないといけない。
あーなんとかならんかなーこの生活。笑
とりあえず無事1週間切り抜け、週末を迎えられる。
仕事は暗闇を走る気分だが、家族との週末は明るく騒がしい。
先週末は毎年の恒例行事で紫陽花見に行きとっても綺麗だった。
今週末は何しようか。



