妻の出産を機に、この1週間、何年かぶりに毎日料理をしている。
カレーやハンバーグ、ムニエルといった定番から始めたが、今日は何を作ろうか。
子どもから魚をリクエストされていたっけ。
妻と私の絶望的な料理スキル差
妻が作る料理はいつもとっても美味しい。
それもレシピ見ながらの絶品から在りモノで作る名もなき料理まで早くてウマい料理をできるのがスゴい。私の胃袋は完全に鷲掴みにされている。
他方、私はと言うと、料理することに抵抗はないが、レシピ通りにしか作れない。
『レシピ人間』とでも呼ぼうか。
そんな私が妻の出産を機に、1週間しか経っていない今のところ、夕食は毎日違うものを作っている。
できれば復帰までの3週間違う料理を作り続けたい。
レシピ本に20分とあれば40分掛けて丹念に、40分とあれば子どもたちから「お腹空いたー、はやくー」と怒られながら料理する。
『レシピ人間』はレシピが全て
レシピ人間の私にとってはレシピが絶対である。
大さじと言われれば計量スプーンで量るし、
酒◯◯ccと言われれば計量カップで丁寧に量る。
お米炊くときはもちろん専用カップで2度すりきりして量る。
レシピの材料欄に「ローズマリー」と書かれてあらば、その時以外絶対使わないだろうと思えても買う。(コレについて妻から指摘が入りやめたが。)
ゆえに「少々」みたいな曖昧な表現をされると困ってしまう。
「少々」とは。◯gのように定量的な表現をお願いしたい。
レシピ人間のバイブル
レシピ人間の私には当然バイブルがある。
それが、これだ。

かれこれ10年以上バリバリにお世話になっていて見ての通りボロボロ。
著作権的に中は写さないが、昔ヘビロテだった「しょうが焼き」「ハンバーグ」などのページは何かの調味料か何かの汁が付いてシミだらけでパリパリしている。
この本の優れたところは
- 野菜の切り方
- 食材(野菜・肉・魚介類など)の下ごしらえ
- 食材の保存方法
- 火・水・油の加減
- 盛り付けのコツ
など基本スキルについても丁寧に掲載されているところだ。
これから料理を頑張ってみるって方は、ぜひ読んでみてほしい。
(改版で上記内容がなくなってたらごめん。)
独身だった10年ほど前、職場で隣のデスクだった仲良しスタッフに「今日コレ作るねーん☆」と買い出し用に撮っていたレシピの写真を見せると、「ひまみれさん今の時代アプリですよww」と笑われてアプリも使ってみたが、やっぱり私は本のほうが好きだ。
ある種の『料理音痴』でもある。
基本的にこのバイブルに沿ってレシピ通りに作るので、そら不味くはならない。しかし、そこから美味しくするには「調整」が必要になる。
だが、レシピに「味見」の工程はないのでしない。と言うか、「味見」したとて創造的な領域の「調整」の仕方がわからないから味見の意味がない。ただのつまみ食いになる。
そんな話を妻としていると、音程の合わせ方がわからない、むしろ音程そのものがわからない、音痴な私の話と一緒だなと思った。
つまり私はある種の『料理音痴』なのか?
難易度わからず大失敗
レシピ人間で料理音痴の私は一昨日"かき揚げ"を作ってみた。
「お野菜をエビやらウインナーやらと混ぜ混ぜして揚げちまえば子どもたちも喜んで食うだろ♪」と安直に考えた。考えは良かった。しかし甘かった。見た目最悪になってしまった。
「え、これ具が入ったスクランブルエッグですか?」
「ひっくり返すのミスったスペインオムレツですか?」
「ギトギトの炒め物ではないですか?」って仕上がりだ。
悲しみを味わいながらキッチンペーパーで油を吸ったが、悲しみは吸ってくれなかった。
その腹いせに昨日の昼、丸亀製麺でホンモノのかき揚げを買った。素晴らしくサクサク、ホンモノは違った。
(音感の)音痴が曲を聴いて、その曲が歌うの難しいかどうかが分からないように、料理音痴はレシピを見ても難易度がわからないようだ。
料理を通じての喜び
そんなレシピ人間で料理音痴の私が作った料理でも子どもが「おいしい!」と食べてくれるととっても嬉しいし、「おかわり」と言われるとたまらなく嬉しいし、お野菜もしっかり食べてくれるとめちゃくちゃ嬉しい。
仕事では味わえないと達成感と幸福感である。
私なりに上手くできたハンバーグ定食とムニエル定食、チキンソテー定食の写真を恥を忍んで載せてみる。
(写真の撮り方が上手けりゃあと1割美味しそうに見えるはず…!)



短いながらの育休終盤にドヤァと載せること期待してて?
少し慣れる頃に(いや慣れる前か?)育休が終わるだろうが、せっかくの機会なので、育休明け後も妻に「あ、今日俺がチャチャっと作るからゆっくりしとってー」なんて言えるようになってみたいものだ。
(時間かけてもよければいくらでも作ります。)
さ、買い物行くか。
今日の皆さんの夜ご飯は何ですか?